「25年目シェフ」イム・ドンフン、辛かった家庭のエピソードを公開

「年商300億ウォン(約32億3,000万円)」という成功を収めた25年目のシェフであるイム・ドンフンが華やかな成功の裏に隠された胸が痛む家族の話を告白した。
今月9日に韓国でオンエアされたMBNのドキュメンタリー番組 『ダネの世界』では、華やかなビジュアルで客の目と口を引きつけたイム・ドンフンの人生の話が公開された。
彼が運営する店舗の代表メニューである「海鮮丼」は、海をそのまま盛り込んだような歴代級のビジュアルでSNSの「認証ショットリレー」が続き、爆発的な人気を集めている。大ヒット神話についてイム・ドンフンは「2017年に屋台から始まった。初日の売上をしっかり覚えている。たった5万5,000ウォン(約6,000円)だった」とし、「しかし3か月後には1日の売上が350万ウォン(約37万6,000円)になった」と振り返った。
イム・ドンフンの輝かしい成功の裏には涙で染まった無名時代の血のにじむ努力があった。彼は日本に渡り現地の海鮮丼を味わい、メニューを決定した後は韓国人の口に合うよう、絶えずにメニューを開発してきた。


この日の放映分では完璧を求めるイム・ドンフンが運営する飲食店で過ごす日常も公開された。彼は店舗に客が残していった料理を直接味見し、味の問題をすぐに診断した。実際に一つのテーブルにハマグリスープの残りがあるのを見てすぐに厨房に駆け込み、その場でハマグリスープを再び煮て味を確認するほど熱心だった。イム・ドンフンは「僕たちのお店で作る料理は僕のものではなく、お客様のものだ」とし、「お客様が貴重なお金と時間を投資してくれたのだから、さらに美味しく、新鮮に満足度を提供しなければならない」と商売の信念を明かした。一方、彼は職場だけでなく自宅でもキッチンを離れない優しさを見せた。


その後、イム・ドンフンは自身が20歳だった頃に亡くなった父親の墓を母親と共に訪れた。彼は目に涙を浮かべながら「IMFによる韓国救済の時期、父の事業が傾き、知人の勧めでやった株式投資も上手くいかなかった」と胸が痛む過去を語った。続けて「軍隊に行こうと準備していた時、父が突然『息ができない』と言った。病院に行ったが、その後わずか15日で急性肝硬変とがんで突然亡くなった」と伝え、悲しみを深めた。
父親の死後、生計が急激に厳しくなり、普通の主婦だった母親は飲食店の仕事を始め、イム・ドンフン自身も学業を終えるためにアルバイトをしながら厳しい時期を耐えなければならなかった。彼の母親は制作スタッフとのインタビューを通じて「その時、生活費や学費、結婚費用などをちゃんと補助してあげられなくて本当に申し訳ない」と息子に対する胸が痛む申し訳ない気持ちを伝え、視聴者の心を打った。








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